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半世紀にわたって香港の街の変遷を見守ってきた「福臨門」。その経営理念や信念は、創業者である徐福全に遡ります。
福臨門の創業者・徐福全(チュイ・フックチュン)は、1908年広東省生まれ。14歳で広東料理人に弟子入りし、その後清王朝の高名な役人のもとで、料理人としての第一歩を踏み出します。やがて清王朝が終焉を迎えると、徐福全は家族とともに中国を離れ香港に渡ることとなります。
香港の名高い財閥・ホートン家で、パーソナルシェフとして新天地でのスタートを切った徐福全は、あらゆる高級食材を扱う機会に恵まれました。貴重な食材に入念な調理を施し、味はもとより栄養価にも気を遣った最高級の料理を常に求められ、その経験は後の徐福全の料理に多大な影響を与えました。
自らの更なる成長を望んだ徐福全は、多くの人に自分の料理を味わってもらうため、1948年についに仕出し事業を創業します。経済成長と共に、たくさんのレストラン事業が香港中で開始された時代です。自身も食通であった徐福全は、新しい工夫を施し様々なレシピを生み出しました。広東料理の伝統を守りつつも独自性に富んだ福臨門の料理の基礎が、ここに築かれたのです。
彼の始めた「福記」は、自宅で豪華な宴会を開く上流階級の人びとに大変好まれ、成功を収めました。1953年、顧客からの薦めもあり幸運の訪れを意味する「福臨門」に改名。当時のお客様にとっては、福臨門の料理人が腕を奮い料理をしてくれることそのものが、福の訪れだったに違いありません。
福臨門の成功の理由は、徐福全の最高級の食材への大変シンプルかつ徹底したこだわりにありました。「才ある料理人をもってしても、良い素材なしに人の心を打つ料理を生み出すことはできない」との彼の信条は、料理を通じてお客様の間に浸透していきました。例えば最高級の鮑、フカヒレ、そして燕の巣。高騰する値段にもかかわらず、これらの食材は一つ一つ徐福全自身がこだわりを持って厳選していました。
徐福全が貫き通したこだわりは、やがて多くのお客様の間で定評を得るようになりました。そして息子二人が彼の跡を継いで福臨門の経営に携わることとなり、徐福全の大切にしてきた信念は彼らに引き継がれたのです。公認会計士であった上の兄・徐沛鈞は経理を担い、弟の徐維均(チュイ・ワイクォン)は父親と同じく14歳で料理人としての修行を始めました。
もちろん福臨門の歴史にも、困難や葛藤が無かったわけではありません。1968年に徐福全が第一線を退くと、彼のもとで働いていた多くの料理人は独立し、顧客も激減。当時わずか20歳だった徐維均は、料理長として福臨門を先導しなくてはなりませんでした。彼のような若い料理人が、食通たちの高い要求に答えて行くことは大変な困難をともないましたが、幸運にも一部の贔屓客に支えられ彼の評判は口コミで広まって行きました。やがて離れていった顧客の信頼も回復し、香港の経済発展もともなって福臨門はますますの発展を遂げます。更に多くのお客様にご満足いただくため、香港島の湾仔で第一号の福臨門路面店の営業がついに開始されることとなったのです。
現在福臨門は、香港・湾仔を初め、香港・尖沙咀、銀座、大阪、丸の内、上海に店舗を展開し、最高級の素材と世代を超えて受け継がれてきた調理法で、本場の味をご提供しております。我が家の様なくつろぎの空間で、素材の味を存分に活かした料理をお客様に味わっていただく。
これこそが福臨門のおもてなしの真髄なのです。
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